紅の雪


ひらりひらりと舞い降り、誰もが魅了される。
儚き美しいその身形に。



「祷霞さん、準備できましたか?」
「はい、行けます」
スーツを着た青年とそれよりも一回り若いであろう祷霞と呼ばれた青年が、
ビルから多いとも少ないともとれる人通りに紛れた。
「シュウと歩いて病院行くの久しぶりですね」
「すみません、あいにく運転手が休暇を…」
シュウは申し訳無さそうにあやまると慌てて祷霞は首を横に振った。
「あ、いえ。たまには歩いたほうがいいですよね」
青年は少し目を見張ったがすぐに口元に笑いを浮かべ礼を述べた。


「わぁっ!すごい!!綺麗!」
人も少なくなり、そろそろ病院が見えてくるという角を曲がったところで祷霞が声をあげた。
大分都心から離れたとはいえ相変わらず狭い空を見上げながら。
・・・否、彼は空を見上げたのではなく頭上にある―――
「・・・・・サクラ」
立ち並ぶビルの間にたった1本だけ堂々とした根を張り枝を広げ、
薄い紅色の花が枝を包み込むかのように咲き誇っていた。
それは一種の幻想的な、現実とはかけ離れた情景として目に映り、
観る人すべてを虜としてしまう。
「さくらっていうんですか?このピンクの?」
空から落ちてきた花びらを大事そうに両手で広げた。
「・・・ええ。私も図鑑でしか見たことがないからたぶんとしかいいようがないんですが。
・・・・・たしか奥様の国の国花だったと思います」
こんなにも立派な樹なのに、なぜ儚く見えるのだろう。
風が吹いたくらいで容易く散る花のせいだろうか。
「母さんの…。これ持って行ってもいいでしょうか?」
祷霞の掌には5枚の花びらが欠ける事なく綺麗についた桜の花が。
「ええ、きっと奥様もお喜びになるでしょう」
「そうだと嬉しいな」
「さあ、病院まであと少しです、行きましょう」



桜は人を惑わす。
誰もがその儚さと美しさの妖艶さに目を奪われる。



「あの子はあの事故以来人間ではなく、
ただの機械になってしまったんですよ・・・・ご存知でしたか?」


ひらりひらり桜は花を空へと散らしていく。


病院の屋上から桜の木が遠くに見えた。          
 
                                            了