第三次世界大戦が終わりさらなる都市化を進める現代。
第三次世界大戦の負戦国は勝戦国に一つの島を受け渡した。

その島を、各国から技術者を呼び寄せ世界一の発達を誇る機械の島にした。

その名も……
"CHEMICAL PIONEER"ケミカル パイオニア ――――
"科学的な先覚者"と……。



青き蝶の砦



「えー、つまりこの式に先ほどの数字を代入し―――」
キーンコーンカーンコーン・・・・・と昔となんら変わりのない電子音が校内に響き渡り、
静まりかえっていた教室は開放されたと云わんばかりに、ざわめきだした。
「よっ!今日は社長出勤なん?」
空席だった机の上に、カバンがちゃっかり乗っているのに気づき声をかける。
「じゃあかしい。オレは3時間しか寝てへんのや。静かにしとけっちゅうねん」
「なにいっとんねん、お前。ど〜せ昨日発売の新作ソフトやってたんやろ?」
「おう、あれはかなりすごかったでぇ。おかげ様で睡眠時間を貢献してオレは勇者に尽くしたぜ」
「せなら、ラスボスと先生にも尽くさんと」
カッカッカッと笑われた。
「ラスボスに尽くしたら、勇者死ぬやん」
「まっ、そりゃそうやわ」
あっさり言われ、はァ…と1つため息。
「…次、なんや?」
「次世界史。移動で視聴覚室やって」
「まじ?らっき。ごっつ寝れるやん」
カッカッカッカ、なんの授業だとしてもそうやろ?いうまでもないっちゅうねん。


「20世紀から21世紀にかけてのフロンガスの使用や、
排気ガスの多量排出の規制がなかったことからオゾン層の破壊、
温暖化現象などにつながり、22世紀の初期に起こった第三次世界大戦の終戦をさかえに、
この地球環境の破壊を少しでも防ぐために新たに法律を作り直し、
過去の、つまり我々の先祖にあたる人々の過ちを
現在に生存している我々が背負うのは義務であり、そして――――・・・・・・・」
中心を軸として波紋のように並べられている椅子と机、その中心には3D化されたナレーションの姿が浮かび上がる。
生徒達はみなその3Dを少々見上げるような格好で授業に参加している中、ひとりすでにつっぷしてる者が・・・。
(この暗さが丁度ええんよ。もう先生サイコー。
ただちょっとボリューム下げて欲しいわ。ちょっと音でかいねん。
・・・まぁええわ。どうか先生に安眠を妨害されませんように。)


妙に耳に馴染むナレーションの声はいつのまにか聞こえなくなっていて。


『・・・あの子はあの事故以来人間ではない、ただの機械になってしまったんですよ。
・・・知っていましたか?』
誰かが誰かに耳打ちしとる。オレにじゃない。
手に傷を負った男が女に告げる。
男の顔は暗くてよく見えへんけど、三日月のようなヤな笑い・・・・。
女はその場に崩れ落ちて、さらに辺りは真っ暗になった。


遠くから波の音が聞こえてくる。
ザザ・・・ァ・・ザザァン・・・・オレ最近海なんて行ったんか?あらっ?ちゅうかここ教室・・・。なして波の音・・・・・?


"ギーコ、ギーコ"とまさに擬音にするならまさにこれしかないといったような、
現代ではモータボードすらめずらしいというのに手漕ぎボートに乗っているのは青年一人と
その"手漕ぎボート"用に作られたと思われる、本来手にあたる部分にポールが伸びているロボット一体。
「おおっ!ついに見えてきたでぇ!」
歓喜の声をあげた青年。むろんこのボートには青年の他に、
直線で結んだような旧式ロボットしか乗っていないので誰も相槌を打ってはくれない。
つまりは大きな独り言である。
しかし青年がその事を知っていたとしても、声を出さずにはいられなかったであろう。
なぜか、それはこの青年が今しがた発見した目的地である島"CHEMICAL PIONEER"――通称C.P.――は
日本からもちゃんと航空便があり7時間もあれば着くだろうC.P.に、フェリーに鉄道そして最後に手漕ぎボートなんて
いかにも経費がありませんといっているようなもので、
果たしてこのボートで目的地につくのだろうかと不安が広がりつつあったときに、
目的地を発見できたならこの独り言の歓喜も納得できるというものである。


海に浮かぶ世界1の島を眼前にしながらやっと南ゲートに到着したのは7:00ジャスト。
「よっしゃ、なんとか無事にたどり着けたわぁ」
「カエリモオマチシテオリマス」
「――――・・・・・・」
数秒絶句。
「冗談・・・・・・?じゃあらへんよな、やっぱ」
「ハイ。オマチシテオリマス」
・・・・・・帰りも乗り継ぎに乗り継ぎを重ねなあかんか・・・。
恨むで、編集長。
「2ヶ月も待つん?・・・なっがいでぇ」
「ハイ。ワタシタチハトキヲカンジマセン」
「ふ〜ん?・・・んじゃ、2ヵ月後に」
「イッテラッシャイマセ」


『IDパスワードカクニン。掌紋ヲオネガイシマス』
『期間2ヶ月、入門許可シマス』
"シュパッ"と機械的な音をたてて開いたドアと同時に、
「どうぞ、いってらっしゃいませ」
と妙に愛想のいいサッパリとした青年――まぁ、警備員なのだが――にあいさつされ、
こんな愛想のいいあんちゃんが警備員で大丈夫なのだろうかと思いつつ門をくぐり、
青年はエレベーターに乗りそして念願の目的地にたどり着いた。
「――うっわ、っすご!」
エレベーターの扉が開いての第一声。
まぬけに口をかぱっとあけたまま暫し呆然。
あやうく降りる前に扉が閉じられそうになって、慌てて降りる。
(なんぼ他の国より進んでる"機械都市"やて、正直新聞記者のオレが情けないが、ここまでとは思ってへんかった。)
いくら3Dで見ていたとしても所詮は虚実である。
実物を見て思う、まさにSF。
別世界である。
22世紀も残るところあと僅かという現代。
ここまで進んでいるところは他にない。
真上を見上げるかたちになる高層ビル群のあいだを、心狭しと走る道路やモノレールが、
空中だというのに縦横無尽に駆け巡る。
C.P.にあるビル郡はどれも地下までフロアがあり地下鉄などが巡れない分
地上が雑踏と化しているがそれも一つの機械都市に見える要素なのかもしれない。


とりあえず、こんなところに立ちつくしてもしかたがないのと判断したのか、青年は漸く歩き出した。
「でもまだ人少ないわぁ。・・・南エリアは住居しかあらへんもんなぁ。東エリアまでこれから行くんはちょっとなぁ」
辺りには誰の姿も見受けられないので独り言を口に出して歩く。
「・・・っと、なんやろ?・・・・・・・ "KEEP OUT"立ち入り禁止ってか」
進行方向を遮った電光式の看板の左右には、永遠と白い塀が高々と続いている。
「なんや、穴ぁ開いてしもたから急いで立てましたつーかんじやなぁ」
そう、そこも、もとは白い塀だったのだろう。
人が数人楽々と通れるような半円の穴がぽっかり開いていたが、
先が見えないように看板できっちり塞がれている。
「あかんなぁ、こんな看板ひとつじゃあ誰かが入り込んでまうでぇ。
・・・・・・そ〜やのぉ、例えばオレとか」
支柱の下を人間がぎりぎり潜り抜けれるスペースがあり、そこから難なく入り込む。
「なんや。私有地じゃのうてC.P.政府のだったんから入ったんに。・・・・なんもあらへんがな」
そこに広がっているのはただ一面の草原。
「ただ単に開発途中の土地かいな。つまらん」
もう一回なにもないか辺りを見回してみる。
だが、ないものはない。
「お腹空いてきたわ、そろそろ家の方にいってみるか。」


家は表通りと平行に走っている道路に面しており、青年はあまり迷うことなくたどり着くことができた。
「おぉ〜、なんや立派なとこやんか。交通費のことはチャラにしてやるわ。」
見上げたマンションはエレベーターの階数表示をみてわかったことだが、
30階建てで周りと比べるとこじんまりしているがいかせん、
他の建物と比べるまでもなく立派なのだ。
立派といってもけしてキンキラキンというわけでもなく、造りが丁寧なのだ。
けして周りには劣ってはいない、むしろ勝ってるのかもしれない。
「なんで?社の見栄なんやろか?」
そうぶつぶつ言いながら最上階に上がり、今日から2ヶ月間自室となる部屋の小さなスクリーンに掌をかざす。
シュパという機械音と共にドアが開いた。


家具一式貸し出しなので自分であれこれやる必要はなく、
すぐさま背負っていた着替えなどを下ろし、ソファに身体をしずめる。
さすがに約一日かけての移動は辛かったらしい。
一度ソファに座ってしまったら全身が弛緩して立てない。
少しうつらうつらしてしまったが、空腹で徐々に意識が浮上してくる。
「ふあぁ〜・・・、なんか食わんと。・・・っと、その前にお隣りさんに挨拶いってきた方がええかな」
大きなアクビを1つしながら腕時計に目をやる。
時刻は8時半になろうとしていた。
「普通挨拶っていつやるんやろなぁ?」
いいながら鞄に手を突っ込み漁る。
「よっしゃ。第一印象大事やでぇ!」
手に奈良の名物――日本風に言うと"つまらぬ物"である。――を持ちインターフォンを押す。
『May I have your name please?』
「…………」
瞬間、硬直。
もちろん新聞記者であるからには多少は英語もできなくもないが、
いきなり不意打ち――ここは日本ではないので考えれば当たり前なのだが――
で自分が日常で使っている言語と異なれば、戸惑ってしまうのはしょうがない。
『・・・・?』
「あ、アイ アム ア ジャパニーズ…トゥデイ イズ…〜」
"引越し"って英語でなんだっけと頭をフル回転させようとしたら、何か英語で言った後回線はプツッと切れてしまった。
「うっそ、まじで?今何言ったん?ジャスなんとかプリーズとしか聞こえへんかったんやっ、」
思わずでてしまった言葉と同時にシュパとドアが開き、自分より数歳若いであろう青年が姿を見せた。
「こんばんは、何か御用ですか?」
姿を見せた青年は先ほどの対応とは違い、日本語であった。
しかしこの日本語を理解するには少しの時間が必要だった。
それはこの綺麗なビーダマみたいな碧い目をして、
銀だが良く見ると青にも見える髪の色や陶器のような白い肌からこの隣人が、
まさか日本語をしゃべるなんてまったくもって考えていなかったからだ。
「・・・・・・・」
「あっ、日本語も通じません?・・・・えーっと・・」
「あっ!い、いや。YESや、YES。ジャパニーズ!オレ、
前島 晴日まえじま はるひ ちゅーんや。隣りに越してきたん、よろしゅうな」
青年改め、晴日は引越し祝いを渡すついでに笑顔も忘れずに付けて挨拶し、相手の反応を窺った。
「こちらこそよろしく――」
そのあとに"お願いします"が付く筈だったのだろうがケホッとむせて言葉が途切れた。
「すみません、・・・なんか」
そう謝りつつも、また咳き込む。
「…なんか焦げ臭いにおいするんちゃう?」
鼻をクンクンと犬みたいにしてそこに神経を集める。
「……あっ!お鍋!」
という声と同時に電話のコールが部屋に響いた。
「えっ!あ…」
玄関から入ってTの地にわかれる間取りで電話のコール音は左から、焦げ臭いにおいは右から…。
身体は電話の方に向いているということは電話の方が大事なんだろうが、鍋も気になるといった様子だ。
オタオタしている様子がなんとも子供らしく見える。
晴日は自分より少し下の21歳くらいかと思っていたが、
よく見ると17、18歳くらいではないだろうかと認識を改めた。
「…あの、オレ鍋見てきましょうか?」
「あ!はい、お願いします!」
そういってそそくさと奥の部屋に入って行ってしまった青年を目で追いつつ、
少し躊躇しつつ晴日は鍋を助けるべく、キッチンを目指して家にあがりこんだ。