青き蝶の砦 第7話


・・・・・ずっと昔のことで忘れていた。
記憶にあったのはこれは絶対に無くしてはいけない、絶対肌身離さない――。
決して、くれた本人にそういわれた訳じゃあない自分でそう決めたんだ。
それほど貰った当時の私にとっては重要なものだったのだろう。――
そう、これに対しての認識はこれほどあった。
にもかかわらず誰から貰ったかは記憶になかった。
いや、無意識に思い出さないようにしていたのかもしれない。
自分が憎んでいたヤツから貰ったものを肌身離さず持っているなんて考えたくも無かったのかもしれない。
それとも、これを貰った1ヶ月くらいあとにアイツの本音を聞いたからかもしれない。
そう、あれは祷霞が機械になったすぐあと、あまった部品で作られたものだ。
祷霞に――・・・人間だったという記憶を機械だったというものにすり替えてしまったらしい。――2つ、研究者がくれたらしい。
研究者側としてはアイツにもう1個をあげるだろうと思ったのだろう。
しかし祷霞は私にくれた。
「これ、ジュウジカっていって、一生懸命お願いしたら1個願いがかなうんだって!」
「・・・・?願いが・・・?」
そんなこと聞いた事もない。
「・・・・ちがうの?」
とたんにさっきの笑顔が消え、涙目になる。
「あ、・・・・いえ。きっと叶いますよ。」
ぱっと花が咲いたようにまたさっきの笑顔を取り戻し、私に持っていた2つの内1つを差し出し言った。
「これ!あげる!僕ね、『人間になれますように』ってお願いしたの!シュウは?」
「あ、りがとうございます。・・・・そうですね・・・・」




そのあと自分はなんと応えたのだったのだろう。
・・・思い出せない。
いやこれも、もしかしたら思い出したくないのかもしれない。
祷霞をみる。
雨が激しくてよく見えないが、首から何かかけているのはわかる。
祷霞もたった1つの願いのためにずっとずっと肌身離さず持っていたのだろうか、
元は、いや自分は人間だった事を知らずに、ただ一途にずっと、ずっと。
重力が狂ったように胸に何かが圧し掛かってくるような錯覚に陥る。
ああ・・・・そうだ。
思い出した。
私がこれに願った願い事は・・・・。


もう、その願いは叶えられないものとなった。
誰でもない、自分自身のせいで。
・・・・いや、叶えられる方法が1つだけあった。




秘書は殴られたときにも放さなかった銃の安全装置をゆっくりと外す。
それに合わせ晴日は反射的に祷霞の銃を拾い秘書にその銃口を向ける。
秘書に向けられた銃口は2つ。
「な!」
晴日が思わず声を上げる。
1つ、晴日が両手で握り締めて腕を伸ばす、その先は秘書の心臓。
もう1つは秘書が自分でこめかみを銃口でおさえる。
「・・・私は目的のすべて果たしました。」
「・・・・AZAMIcorporationを乗っ取るつもりじゃあ、なかったんか」
「・・・そのつもりだったんですけどね・・・」
「せやったらなぜ?」
「・・・・これを祷霞に」
その質問には答えず、首にかけていたものを晴日に向かって投げる。
反射的に受け取ってから口を開こうとしたら秘書に遮られる。
「そろそろここに向かってくるはずです。」
「・・・・だれが?」
「軍の者です」
銃口をけして逸らさず会話は続く。
「?なんのために」
「・・・ここは軍の・・・駐屯地です。
この草むらの下には兵器、戦闘機があります。
・・・・変だと思わなかったんですか?政府の土地と書いてありながらただ一面の草むら。そしてその看板がたてられたところはまるで爆発かなにかで開いた様な穴。」
晴日の目が見開かれる。
「・・・・・・じゃあ、ここは・・・・・。祷霞は?!祷霞は知ってたんか?」
「・・・さぁ。さて、無駄話はこれ位にしておきましょうか。
・・・私は構いませんが、晴日さん。
あなたはそれでいのですか?」
祷霞とその親を殺し、戦争をおこした人物をみすみす見逃して自殺させてしまっていいのかと。
1発殴っただけで気はすんだのかと。
祷霞に対する想いはそんなものなのかと。
秘書は笑った。
今まで見た笑顔とは違う、諦めのような、心からの安堵というか・・・・知り合って間もない晴日には分からない。




「僕はね、『人間になれますように』ってお願いしたの!シュウは?」
「ありがとうございます。・・・そうですね・・・『祷霞さんとずっと一緒に居られます様に』と」
「ほんと?!ぜったいかなえられるよ!だって、僕もシュウとずっと一緒にいたいもん」
そう、願いを叶えられなかったのは、自分の所為。
『一緒に居られますように』と願ったその1ヵ月後から祷霞さんを殺す計画を立てていたなんて・・・・全く信じられませんね。
でも、1つだけ。
1つだけまだその願いが叶えられる可能性がある。
自分で殺しておいて後を追うなんて・・・心中じゃあるまいし。
まったく。



パァン。



音は1つ、しかし秘書の体にのめり込んだ弾は2つ。
心臓に1つ、こめかみに1つ。
それは致命傷になるのに十分だった。





銃が手から離れない。
硬直して・・・手が動かない。
それでも足は祷霞のほうに向かっている。
そして、立ち尽くす。
なにをしていいのか,解らない。



聞こえたのは銃声でもない。
男たちの罵声でもない。
ただ永遠と降り続く雨音。
そして。
秘書から預かったロザリオと、祷霞のロザリオがぶつかり奏でた音だけ。
それしか聞こえなかった。


気付いたら俺は血まみれで。
いつ軍の奴ら来たのかも分からない。
こんなに雨が降ってて、冷たい雨だから体は冷えてるはずなのに、体は熱くて・・・。
もう、雨の音も聞こえない。

心臓の音しか聞こえない。




もう、心臓の音も聞こえない。

なにもなにも、もう聞こえない。









・・・・・ここは?
真っ暗だ。
何も見えない。
・・・オレは今、目を開けてるんやろうか。
それとも閉じてるんやろうか。
分からん。
今立っているか、座っとんのかも解らん。
・・・なんでオレ今ここにいるんやろ・・・。
・・・ここどこ。


オレ・・・・死んだ・・・・・・んやっけ?
そうだ、血がぎょうさんでて・・・それで、とまらなくなって・・・・・。

・・・・オレ死んだんやぁ・・・・・。
あのロボットほんまにオレのことずっと待つんやろか。
あ〜・・・・・先輩たちはどうしたんやろ。
ちゃんと逃げれたんやろか。
・・・わからんな。なぁんも。


雨は1週間降り続いた。
まるで"ノアの箱舟"のごとく――






「こら!起きなさい!」
ばしっ。

「・・・・・おはよう・・ございます」
「はい、オハヨウ。ねぼけてる場合じゃあないでしょう。問5の答えは?」
「・・・わかりません」
「〜〜解らなかったらちゃんと授業聞いてなさい!」
「・・・・はい」



「おまえなぁにやってんだよ。2時間連続」
「んなになるまでゲームやってんじゃね〜よ。先生にまた呼び出しくらうぜ?
・・・せっかく先生C.P.の遺跡、海底で発見って聞いて機嫌よかったんに」
「もう食らったちゅーの」
「ハハッ!早く職員室行って来た方がええんちゃう?」
「・・・・・・魔王もなんか理由があってやったのかもな。」
「あ?なに?なんかいった?」
「いや、なんも。んじゃ、ちょっくら職員室いって来るわ」
「おう!がんばってこいや」


「シツレーシマシタ。・・・・ふう。こないなモン自分で運べっちゅうねん」
両手にもつのは提出したディスク。
サイズ的には特に大きいものではないので、振り子のように回しながら来た道を戻る。
その後ろから急ぎ足で数人の生徒が話しながら通り越していく。

ドンッ!

「おわ!」
「!ごめんなさい!」
手に持っていた1クラス分のディスクはケースから外れ、床に散らばる。
「ほんとにごめんなさい。はい」
拾い集められたディスクを手渡される。
「どーも。気にせんどいてな」

・・なんか・・こいつ・・・?

「じゃあ」
ぶつかってきた生徒はぺこりと1度お辞儀をしてから友達のもとに向かって行った。


・・・なんか、似てたな。
誰に?
解らない。
でも心の奥から何か感じる。



――青き蝶は何者にもとらわれず今は空を自由に飛びまわっている。――



END.