青き蝶の砦 第6話
「なんでっ!」
ジャケットのポケットから取り出し秘書に向ける。
父を殺した銃とまったく同じ拳銃を。
秘書の心臓を狙い、安全装置を外す手はカタカタと震え出す。
それでも銃口を秘書から下ろさない。
頬から静かに涙が流れ出す。
祷霞の顔からは怒り、それしか読み取れない。
「どうしました?早く撃てばいいじゃないですか。父さんを殺した銃とまったく同じ銃で。
・・・心臓はここですよ。」
秘書は自分の左胸を指差す。
「撃たないんですか?・・・それじゃあ僭越ながら」
秘書は父を殺した銃を祷霞に向け、
パンッ、パンッ、パンッ。
いとも簡単に撃った。
なんの躊躇いも無く。
「祷霞ぁっ!」
晴日が祷霞のもとに駆け寄る。
「急所は外しておきましたからまだ大丈夫ですよ。それより、よく見て下さい。
祷霞さんの銃創を。」
撃たれたところは3箇所。
腹、腕、頬。
腹部と腕からは毒々しいほど鮮やかな色のコードが見え・・・そして、頬からは・・・。
「祷霞!お前それ、血!」
「祷霞さんは元は人間です。
事故によって瀕死に陥りましたが、父さんが奥様の精神への負荷を考えて、
違法ではありますが祷霞さんの身体の57%を機械にしてしまったんですよ」
自分の頬から次ぎから次ぎへと流れ落ちる鮮血を確かめるように手で受け取る。
「・・・・」
「・・・祷霞が・・・・?なにいってんねん」
「嘘なんかじゃあ、ありませんよ?そんな嘘をついても何もありませんから」
「じゃあ・・・・僕は人間・・?」
「そうですよ、あなたは人間なんです。あなたのために戦争を起こしたんですよ。
・・・あなたを確実に殺すために。」
ゆっくりと構えなおす。
それにあわせ、祷霞も急いで構え直す、そして。
「っそれなら、それなら僕だけを殺せばよかったのにっ!」
ババンッ!
2つの銃声が重なる。
しかし、どちらか一歩遅かった。奇妙にこだまするようにあたりに響く。
「祷霞ぁっ!!!」
祷霞の弾は秘書の腕をかすり、秘書の弾は祷霞の心臓に・・・。
「ココから、一緒に、出たかったな、・・・・ごめんね、巻き込んで・・・」
祷霞は力なく笑う。
その笑顔はけして偽りじゃなく――・・・
「――っなにいってんねん、こっから出れる、今からでも遅ない!」
もうなにをいってるか晴日自身わかっていない。
視界だってぼやけてきて祷霞がよく見えていない。
それでも、それでも晴日には黙ってるなんてできなかった。
「・・・・ありがとう」
だが祈りもむなしく、静かに祷霞はその綺麗な青の瞳を閉じた。
「!祷霞っ?!祷霞!!!!」
もはや応えてくれる声などなく―――。
「おまえぇっ!」
怒りで手が震える。
「祷霞さんは死にましたか?」
「黙れっ!なんで祷霞まで殺す必要があんねん!」
晴日の憤懣収まらぬ顔とちがい秘書は細くため息をつきおだやかに笑う。
「それでは少し昔話でもしましょうか」
秘書は拳銃を握る手を緩め、語りだした。
「私は社長とと奥様の姉とのあいだに生まれました。
つまり祷霞さんとは異母兄弟ですね。
アイツは母に私を生ませておきながらも仕事上の都合で結婚はしませんでした。
母は私を可愛がってくれていました。
私は母がそれで満足しているなら別にこのままでもいいと思ってたんです。
しかし母の妹がアイツの子を妊娠していると判ったとたん、アイツは母の妹と結婚したのです。
結婚の理由は、仕事の経営状況が思わしくなく、薊財閥を狙ったのでしょう。
・・母は随分前に薊とは縁を切ってしまっていたので・・・。
そして祷霞が生まれた。母は妹を責めたりはしませんでした、そしてアイツのことも祷霞のことも。
しかし、行き場を無くした母は精神を来し・・・そして自ら命を絶ちました。
そして私はアイツに引き取られました。息子としてではなく、祷霞の世話係の・・不幸な甥として。
他に身寄りがいなかった私はそこで暮らすしかなく・・・。
そして、私は引き取られてから祷霞の世話と同時に母の妹の世話もしていました。
別に世話というほどのことはしてませんが、奥様はもともと体が弱かったもので・・・・。
その4年後、事故は起こったのです」
秘書はしゃべり疲れたのか、いやなことを思い出したからかわからないが、一度ため息を
ついた。
「その事故って、祷霞が人間から機械になった原因の・・・?」
眉を顰めて晴日は聞く。
いや、秘書に尋ねたというよりほぼ独り言に近かったものであったが・・・。
「・・・薊家の近くに2階建ての古い建物があって、
私と祷霞はいつもその場所を"秘密基地"と呼んで遊んでいたのですが、
ある日いつもの様に遊んでいたら天井が崩れてきて・・・次に目を覚ました時はもう炎の中で・・・・・」
自分の右手の甲を左手で包むように握る。
秘書の手の火傷はその時に負ったものなのだろうか・・?
「私は軽い一酸化炭素中毒と火傷だけですみましたが、
祷霞は意識不明でその上火傷が酷く、かなり危ない状態でした。
アイツは祷霞が助かる可能性は限りなくゼロに近いと知ると、
違法と知っていながらも迷わず機械に。
・・・・・祷霞のためではなく、奥様と自分の利益のためだけに・・・」
なにかつけているのだろうか、秘書は服の上からなにかを握り締めた。
よく見ると首になにか紐が掛かっている、そのさきの握り締めているモノは・・・・・・?
「アイツは私を叱らなかった、そればかりか心配してくれた。
私は少なからず嬉しかった。
しかしそれは、今考えれば当然と言えば当然のことなんですが、
上辺のことでしかなかった。
・・・私は偶然聞いてしまったんだ。アイツの本音を」
『どうせならシュウが死んでくれればよかったんだがな。
ふう、まあこれもAZAMIcorporationのためだ。それくらいは許容範囲としよう。』
「・・・そう、アイツは奥様のためではなかった。すべてAZAMIcorporationのため、いや、自己の利益のために・・・・・」
よりいっそう強く胸元にある・・・なにかを握り締める。
「たぶん、あの頃からだったんでしょうね。私がアイツを殺したいと思いはじめたのは。
暗殺や事故ではつまらない、アイツが1番苦しむ方法で・・・・。
そう考えたら祷霞を利用するのが1番かなと。クスッ。簡単でしたよ、祷霞を私に従わせるのは。
祷霞にとって私は唯一の人だったみたいですし。
でもね、本当はアイツより祷霞に怒りを覚えたんですよ。
祷霞さえいなければ父さんは私のほうを見てくれるって。・・・そんなはずないのに」
秘書は口許だけで笑った。
ああ、祷霞の笑いによく似てる。
祷霞もよくおかしくないのに、楽しくないのによく表面上だけで笑ってた。
オレにはすべて諦めた、このセカイに愛想が尽きたような、そんなようにいつもみえた。
・・・・・・・オレの中で少しずつ焦りが広がっていく。
こんなこと、絶対思ってはいけないのに・・・。
「・・・もういい・・・・」
顔に影を落とし、晴日は喉からしぼりだしたような聞こえないくらいの小さな声でいう。
強く握り締めた手はかたかたと振るえ、血が滲み出す。
「祷霞がいてそして私がいる。
だから私だけいて祷霞はいないそんなことはおきえない。
もし万が一祷霞が生まれなかったら、いや、生まれても奥様が健康だったら私は殺されていたでしょう。
けして、だれにも疑われない、なんらかの方法で。すべて、すべて計画だった!
母を愛したのも、私に優しくしてくれたのも奥様に近づくため!そして奥様との子供・・・祷霞も、すべて計画!
全部AZAMIいや、自分の利益のため!!それだけだった!」
ハアッと荒く息を吐き出し、秘書は一気にしゃべった。まるでいままでせき止めておいたものをすべて吐き出すように。
「・・・だまれ・・・・もう、・・・・・いい」
晴日はけして秘書と目をあわせないでいう。
あせりがみえた晴日を見て秘書は、さっきのことをまるでなかったもののように口元だけで
――まるで人を見下すような――笑いとともにこういった。
「・・・・。まさか・・・」
晴日の肩がビクリと跳ね上がる。
「・・・・そうなんですか。いえ、私はかまいませんよ。今の話を聞いて私に同情をしてしまったとしても」
秘書は人を見下すような笑いより一層深めていう。
秘書の胸倉を掴み睨む。
しかし秘書の話はまだ続く。
「・・・ですが、祷霞を殺した相手に同情してしまった自分が自分で赦せない・・・・・?」
「――っ!だまれぇ!」
怒鳴ったのと殴ったのはどちらが先だったか・・・・。
いつのまに雨が降っていたのか――ここでは天候までもが機械でコントロールしているが、多分故障でもしたのだろう。
でたらめの降水量だ。――1粒1粒が肌に突き刺さる。まるで神までもが怒りをあらわにしているようだ。
雨で地面が滑るのか秘書はちょうど尻餅をつくような格好になった。
「っ!」
親指を口の端ですべらす。口許から一筋綺麗な赤が流れる。
「・・・・それ・・・、」
晴日が驚いたような、信じられないといったような声をあげる。
秘書もその視線を追う。
視線の先は秘書の首元に掛かっていた十字のアクセサリー。
「・・・・祷霞のと・・・・似てる」
祷霞がいつも肌身離さず身につけていたL字型の金属を2つ架けたアクセサリー。
「・・・・」
「貰ったんですよ、・・・祷霞さんに」
まだ何も知らずに、純粋に祷霞といることを楽しんだ昔に・・・・・・・・。