虚無の鋼     第5話


リビングに戻った飛鳥は、先ほどの重苦しい雰囲気を一蹴させたリビングの雰囲気に気づき、
眉間にシワをよせた。
「トシ、まだ話は終わってないんだぞ。TV消せよ」
ソファに座ったまま飛鳥に背を向ける格好になっている隼は、なぁ、と口を開いた。
「なんかヘンじゃね?」
「何がだよ」
飛鳥は隼のいるソファには向かわず、
ノートパソコンが乗っているダイニングテーブルのほうに向かい、腰をおろした。
「何がって訳じゃあないんだけどさぁ。本当にそうなのかなって」
「お前の話を聞いた感じだと、これが一番確率の高いように思えるけど?
まぁ対象に一番近いのはトシだからね。言ってみなよ」
「なんつーか規模がでかすぎる気がするんだよな。
一般市民を狙う感じじゃないっていうか・・・。
そんなの下っ端のチンピラでもいい訳じゃん?
あんな幹部みたいなやつらよこして来なくてもさ。
それになんで三藤だけな訳?母親は死のうがどうでもいいってことかな?
それとも母親は命の保障があるってことなのか?」
「・・・・さぁ。おれにもそんなことわからないよ。
今回はいろいろ厄介だな。守ることがこんな大変だと思わなかったよ」
飛鳥はキーボートを打つ手を休めることなく返答したが、表情は険しい。
「人を殺すほうがよっぽど簡単だ」
はっと、口元を歪め笑った隼に連動するかのように、
どっとわざとらしいくらいの笑い声がTVから発せられた。
「・・・誰が依頼したにしても、相手は紫水会ってことだろ?
とりあえずおれはそこから攻めてみるよ。トシは対象を守る事を念頭においてがんばれな」
飛鳥はイスから降り、ソファに座っている隼に、後ろからくしゃくしゃと髪をかき回した。




「うーっす」
「おっす、って何佐々原お前、転校そうそう派手だなぁ。誰とやりあったんだよ」
ざわざわと浮ついていた教室の空気がやんわりと静まり、
あからさまな興味を示さないものの生徒の視線は隼に集まりつつある。
それに気づいた隼はわざと明るく大きめの声で答えた。
「いやぁ、まいったまいった!久々に体動かすとダメだね、もうなまっちゃってなまっちゃって。
お前らも今度一緒にやらない?バスケ」
口元に、目の下に青痣を見せながらもにかっと笑って見せると友人達は眉を訝しそうに寄せた。
「はぁ?おま、どんだけ度派手なバスケやってんのよ」
「なんたって外国籍の3on3だからね。日本人は体格負けしちゃうっての」
隼がオーストラリアからの転校生というプロフィールが入っていたクラスメイト達は、
それぞれ納得した様子で「あぁ」とか「それでか」とか「なんだ」などの声と共に、
教室はいつものざわめきの空間にと戻っていった。
「うお、おっかねぇ。バスケってそんなに格闘技なのかよ。
つかそんな物騒なモンに俺らを誘うなっての」
「あはは、冗談だっての。本気にすんなって。お前ら英語でコミュニケーションなんてとれないしな」
「そりゃそうだけどよ。せばお前英語ダメとかっていってなかったか?」
一難去ってまた一難。
友人の何気ない疑問に、隼は若干目を泳がせながらも答えた。
隼は本来ウソが苦手だ。
というより、辻褄合わせができない。ついたウソを忘れてしまうためだ。
「えっ?いや、それは英語が母国語のやつと比べてってことだよ、
お前らの語学力と一緒にすんなって」
「あっそ。そういえば佐々原聞いたか?担任戻ってくるってさ。
事故ったって言ってたわりに復帰早くね?」
肖が今回の任務に学校は関係ないと判断したのだろう。
隼は行動が早いなと思いつつ驚いたふりをする。
「まじ?つか、あの東海林は臨時だったのかよ。オレ知らな――」
「佐々原」
四人で一つの机を囲むようにそれぞれイスに凭れたり、
机の上に座っていた輪の後ろから、一人の生徒が声を上げた。
「お、三藤。遅刻じゃないなんてめずらしいな」
三藤のきつく結ばれた口元とは正反対の、歯を覗かせる笑いを相手に向けながら隼は返事を返した。
「ちょっとこい」
隼の笑顔を見て、眦をきりきりとつり上がらせた眼差しは隼に向けずに、
くるりと後ろを向き隼の腕を引っ張り三藤は歩き出した。




「どういうことだよ」
「ったく、せっかく遅刻せずにきたと思ったりおサボリかぁ?」
プール横の人気のない場所で二人が向かい合ったとほぼ同時に、朝のHRの始まりを告げる電子音が校庭に響き渡る。
やっと開放された腕をさすりながら軽く流そうとする隼に、三藤は一層不機嫌な顔をして、
ドスの効かせた低い声で再度繰り返す。
「ふざけるな。どういうことだ」
三藤の様子に。このままうやむやにできなさそうだと感じた隼は、
しかし、口元の傷に親指を当て、視線をずらしながらさも興味がないようなそぶりをしつつ返答する。
「いつのどれのこと?」
「昨日のことだ。言うまでもないだろう。ちゃんと説明しろ」
どっこらっしょっと声にだしながら、
まだ冷たい2月の風をさえぎる様にコンクリートの前に座り込んだ隼は、うーんと答えた。
「まぁ、あそこでクラスメイトを放って逃げたりはしないでしょ。
ちょっと相手ヤ―さんっぽくてひるんだけど。まぁ、やる気とは裏腹にこの様みたいな?」
隼の前にまわり込んだ三藤は、真意を確かめるように上から見下ろした。
「・・・・・・」
「何?そんなに見つめてくれちゃってもなんもでないよ?」
「・・・・助かった、悪かったな」
三藤はふいっと視線を外し、授業開始のチャイムにつられるように、
校舎に取り付けられている巨大な文字盤を見上げ、踵をかえし来た道を戻っていった。
「・・・・礼なんて言うなよな。オレは佐々原でもないし、善良な高校生でもなんだぜ?」
ひんやりと冷たいコンクリートの壁に背中を預け、冬特有の澄んだ空を見上げ、隼は独りつぶやいた。