虚無の鋼 第4話
がちゃり
持っていた合鍵で玄関に足を踏み入れた肖に気づき、飛鳥が廊下に顔を出した。
「あ、早かったですね!とにかくあがってください」
飛鳥が連絡してからまだ時計の針は半分もまわっていない。
近辺にいたのだろうかと思いつつも、飛鳥は疑問を口に出すことなく手を差し出した。
「ジャケット掛けます。あ、トシはリビングにいるんで、」
特に口を開くことなく、最低限の動作で飛鳥にジャケットを渡した肖は、そのままリビングを目指した。
飛鳥は玄関横の廊下のクローゼット内からハンガーを取り出し、
腕にかけていた黒い長めのジャケットを一度広げてから、肩をハンガーに通そうとした。
ジャラ
「ん?」
ジャケットのポケットから聞こえたのは、小銭とも違う、あまり聞きなれない音。
飛鳥は特に深く考えもせず、音の発生源をポケットから取り出してみた。
「?・・・薬?」
丁度片手で収まるくらいの瓶にカプセルが入っていた。
瓶にラベルはない。
「??」
もう少し観察していたかったが、リビングから漏れていたTVの音がぷつっと途切れたので、
慌てて飛鳥はクローゼットの扉を閉め、リビングに向かった。
「で?何があったって?わかりやすく一から説明な」
ブスくれていた隼は、肖がきたことで漸く体を起し、仕方なく口を開いた。
「最悪」
「何が」
「しくじった」
「失敗したのかよ?」
「っていう訳じゃあないと思うんだけど・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
2人の視線に耐えかねて、隼は視線を斜め下に置いたままぼそぼそと話し出した。
「なんかさぁ、そろそろなんか進展欲しいなと思ったわけ。
まず誰から守ればいいかもわかんないままだったし。
んで、家族関係だったら家いけばなんかわかるかなぁと思って、学校帰り三藤の家行ってみたのさ。
でも別に変わったもんとかなくて、さぁ帰るかなと思ったらこの様」
「三藤になぐられたってことなのか?」
「いや、三藤ってそんなキャラじゃねえし。コレ」
話が一向に進まない様子にも特に気にした風もなく相変わらずな肖と、
この状況にいらいらし始めた飛鳥に、隼がなにかを差し出す。
受け取った飛鳥の手の平に落ちた物体は、小指の爪程度の小さいサイズのもので、
金と群青のみで構成されたバッチだった。
「どこの?これ」
「知らねぇ」
「先輩わかります?」
飛鳥は持っていたバッチを肖に渡し、問うた。
「・・・・・」
「肖でもわかんないか?」
「・・・・紫水会」
「翡翠会?」
「・・・紫水会。九州に拠点を置く、暴力団だ」
「つまりやくざってことですか?」
返されたバッチを検分しながら、飛鳥は眉をよせた。
「トシ、これどうやって盗ったの?」
「どうにもこうにも。三藤の家出たとたん、
なんかスーツは着てるけど明らかにそのスジ系の人に迎えられてさぁ。
オレ思わず戦闘体勢とっちゃってさ。
あれがまずかったよなぁ、あそこで一般人の振りしてればって感じ?
んでなんかアレを早く渡せって。そのほうが身のためだぞぉみたいな?
映画かっての。つかアレってなんだよ。オレが知りたいっつの。
んで乱闘。あんまケンカ慣れしてるってばれたらまずいから、そこそこやられてきた。
して、殴られっぱなしっていうのは性に合わないからそれ盗んできたって訳」
「それだけ?」
「それだけ」
「ホントに?」
訝しげに飛鳥に覗き込まれ、隼は気まずげに唇の傷に注意をはらうふりをした。
「なんだよ」
「だってそれだけなら特にトシが落ちる理由ないから」
「・・・失礼なヤツだな」
「それで?」
「・・・・・・・そこに三藤もいたつーか・・・」
「なにそれ。最悪じゃん」
「オレ最初にそう言ったじゃん」
「先輩、どうします?」
飛鳥は隼だと相手にならないと思ったのか、肖に矛先を変えた。
「・・・三藤は現状をどう捉えている?」
「うーん。とりあえずオレが依頼受けてここにいるのはばれてないと思う」
「・・・・紫水会については?」
「こいつらまた来たよみたいな。多分前にも脅しかけてると思う」
「じゃあ今回の敵はその紫水会で決まりだな。理由は母親のほうって感じですかね?」
「・・・おそらく。理由はなにか譲渡可能な物についての、トラブルの可能性が現時点では高い」
「アレってなんのことなんだろうな?
三藤自身もなんのこと言ってるのかわかんなかったみたいだぜ?」
「借金のカタに宝石でも渡せってことかな?」
「さぁ?でも借金なんてあったらオレ等に依頼なんかよこさないだろ」
「まぁそうだよな。とりあえず俺色々な方面から調べてみます」
「・・・・」
「先輩?」
「・・・・ああ」
「なんかわかったことあったらまた連絡しますね。
そういえば三藤の怪我は?トシ。今回はL4なんだからな。
場合によっては契約打ち切りか、減俸だってありえるぞ」
「いや、そこは守りマシタ」
「だよな。あ、先輩帰りますか?今ジャケットだします」
壁際から背中を離し、廊下のドアを開けた肖に飛鳥が声をかける。
じゃらりとジャケットから音が鳴ったが、飛鳥は好奇心を押さえ、肖を送り出した。
(先輩に聞いてもどうせ「薬だ」の一言で終わりそうだし・・・)
肖がはぐらかしてか、本当にそうだと思ってそう答えるかはわからないが、きっと飛鳥の考えどおり答えるだろう。
お互いに知らない事はまだ沢山ある。
どこまで踏み込んでいいのかもわからない。
「・・・・・」
飛鳥はふとため息を吐き、隼を叱るためにリビングに戻った。