青き蝶の砦 第3話
「どこに行くんですか?」
「まぁええから、ええから。」
晴日はズンズンと昨日来た道を戻っていく。
「徒歩でですか?」
「すぐやから。お、ここや、ここ。」
"KEEP OUT"の看板の前に立つ。
そろそろ昼時。太陽光が強くなり、緑が綺麗に見える時間である。
「さ、はいろか。」
「え?だって立ち入り禁止って…。」
「気にせん、気にせん。」
先に一人で看板の下をくぐり抜ける。
祷霞はまだ躊躇してたが、こんな看板の前に立っているほうが目立つと思ったのか遠慮がちにくぐった。
くぐり抜けたのを確認すると得意げに晴日は両手を広げ、言った。
「どや!」
「"目にいっぱいの緑"や。昨日偶然発見して――」
発見といっても祷霞もこの"立ち入り禁止"は知っていただろう。
ただ白い壁の向こうになにがあるかは存じてなかっただろう。というようなセリフが続く、はずだった。
祷霞は手を口にあて呆然とし・・・泣いていたのだった・・・。
頬に透明な雫が伝い、なにもいわずただ泣いていた。
昨日自分自身で問いた"知っている人"と"知らない人"。
晴日はこれを見て"知らない人"のほうが辛いだろうと思った。
"知っている人"は心の中でその情景を思い出すことが可能だから。
もちろん、思い出せばもっと辛いという人がいるかもしれない、だが祷霞が泣いているのを見ていたら…。
祷霞が泣くほど感動してくれたからここに連れて来た本人としては誇らしい事でもあるが、それよりもまさ勝っている気持ちが晴日にはある。
悲しい。
という気持ちが大多数を占めている。
すごく、悲しい。
こんなただの淡い白を筆でひいたような雲以外なに1つない青い空に、
ただ広がる草原――といってもそんな大層なものではないのだが――があるだけ。
別に特別きれいな花畑がある訳でもないし、大きな虹とかがでているわけでもない。
こんなことで涙を流すほど感動した祷霞は今まで一体何を目にしてきたのだろうか。
別に家族でもなんでもないし、彼は機械だから晴日が一人で悲しんでもただの自己満足とか余計なお節介かもしれないが、
もうこれはしょうがない。晴日の性分なのだ。
・・・と思ってみてもなんだか祷霞をここに連れてきてよかったのだろうかということが晴日の頭のなかをグルグルと渦をまいている。
(どうしよう、オレ何て話し掛ければいいん?)
「…ありがとう。」
ゆっくりと静かに祷霞は言った。
もう涙の跡はない。
目は充血なんてしてないし、頬を伝った雫ももう見受けられなかった。
祷霞は人の目を真っ直ぐ見る。
その曇りの無い目で。
「・・・・C.・P.から出ないんか?」
目を見開かれた。
予想もしていなかったのだろう。
晴日自身驚いた。
無意識ででた言葉であったから。
祷霞はゆっくり深呼吸をしていった。
「はい。ここから出ることはできません。」
「・・・ここからでたいんやろ?」
ゆっくり悲しげに祷霞は笑った。
「・・・ここからオレと一緒ににげようや。」
静かに首を横に振る。
「迷惑はかけれません。」
「迷惑やない。」
「でも、」
「絶対や、絶対オレがお前が逃げたいなら逃がす。」
瞬間、ずっと祷霞の顔に張り付いていた口だけで笑う笑顔が消え、泣きそうな笑いをした。
「・・・ありがとう――」
風を草の間から受け取りそしてまた流していく。
祷霞はここが気に入ったようだった。
空があかく染まりだすまで二人で言葉もなくただただ時を過ごした。
「いいところに連れて来てもらったお礼に東エリアを案内しましょうか。」
「おっ!それ助かるわぁ。やっぱ、地図とか見るより地元の人の案内っちゅーのがええわ。」
モノレールにのってものの5分で東エリアの都心部についた2人は、人ごみの波に乗り歩き始めた。。
「おわぁ〜・・・さすが都心部やなぁ。人がぎょうさんおるわ。」
「今日は祝日ですからいつもよりは多いですよ。」
いろいろ穴場とか教えてもらった晴日だが、人が多すぎて疲れてしまい、これっきりこないであろうと思った。
そんなのどかな時間を容赦なく破ったのは、突然聞こえたのは人々の悲鳴。
なにごとかと振り返ると、人の胴体がすっぱり切れ炎上していた。
何が起きたかわからない。
パニックで足なんて到底動かないのに、頭では目から入ってきた情報を冷静に処理し始める。
目の前に広がる光景は、逃げ惑う人々、炎上した人々、
そして銃を両手で構え人々に撃つ人。
燃えているのはすべて機械。
そう晴日は判断した。
すっぱりと切れたところからコードがでているし、電気が流れてバチバチッという耳障りな音がしているからだ。
人の後ろにいた機械がまた倒れ、炎上。
どうやらあの銃は人体を通り抜け機械だけに効果のあるレーザーを放射しているらしい。
思った。祷霞が危ない・・・と。
「祷霞!」
隣りにいた祷霞に呼びかける。
祷霞は幸い無傷で隣りに立っていた。
いや、晴日のように何が起こったかわからないで呆然と立っていたのではなく、
今何が起こっているかすべて理解した上でこの眼下に広がるものを眺めていた・・・という感じだ。
「逃げるで!」
「…"the fire originate in the engine room and soon spread throughout the ship."」
「?・・・祷霞?」
「帰りましょうか」
「・・・おう」
晴日にとったら正に非現実的な事件であったが、
祷霞にとってはこれは日常的な出来事だったのだろうか?さして騒ぐこともなく東エリアを後にした。
それから4日後のことだった。
人間対機械という歴史上初の戦争がこのC.P.で勃発したのは。
「『ケラディー博士が造ったボディガード用のアーティフィシャルが、
人間のボディガードの故意によって夜中に炎上し、跡形もなく倉庫ごと消えた。
それによって各地のアーティフィシャルが人間に反発し始めたが、
反発をやめさせようと早いうちから政府が動き出し、
政府の対策が"人間を襲ったものは処分"というものだったので逆効果となり、
今回の歴史上初の機械対人間という戦争に発展した。
なお、宣戦布告をしたのは本来なら感情のないアーティフィシャルのほうから昨日だされたもよう。』」
ふう、と1つため息をしてパソコンから目を離す。
「"the fire originate in the engine room and soon spread throughout the ship."」
「"火事は機関室に始まってたちまち船内くまなく燃え広がる"あ、もう燃え広がった、か。」
「・・・・・・これから・・どうなるんだろう・・・。」