虚無の鋼     第2話

「・・・転校生を紹介する。」
いつもの朝のHRの時間。
いつもと違うのはこの教室内に居る生徒、及び机の数が一つ多い事。
「佐々原 栄樹でっす。オーストラリアから帰ってきました、日本人です。よろしく!」
「窓側から2列めの一番後ろの席だ。」
海外からの生徒ということもあり、ざわつくクラス内に適当に愛想良く答えながら自席を目指した。
その後いくつかの連絡事項を告げ、教師が去った、教室は再度ざわめきたった。
「ねぇねぇどのくらいオーストラリアに居たの?もしかしてハーフとか?」
「英語ぺらぺらだったりする訳?」
「なんで日本帰ってきたの?なんか訳あり?」
どうやら学校祭や球技大会が終わったと思われるこの時期のクラスの結束は、
思ったよりも固いものらしい。隼は苦笑しながら、筋が通ると思われる嘘を口にした。
「いや、オレ英語実は全然得意じゃないんだよね。つか苦手?みたいな。あはは。
向こうでも日本人学校行ってたしさ」
「そうなんだぁ」
「じゃあさ、じゃあさ、」
「こらぁ、席に着けよ、もうチャイム鳴っただろうが」
「はぁい!」
どうやら変に浮くことなくクラスに馴染めそうだと、隼は一息つき、
空席である1番窓際の席を視界にいれた。



「・・・あれ。知らないヤツがいる」
丁度あと1時間でランチタイムだというところで、姿を見せた人物が声を上げた。
「あ、コイツ佐々原っつってオーストラリアから来たテンコウセー。
つかまた重役出勤かよ、三藤ぃ」
窓際の席に座った生徒を愛想笑いで見ながら、隼はターゲットを悟られないように観察した。
「海外からっつってもオレ英語苦手だから、そこんとこ頼むな。ヨロシク、三藤」
「あぁ、よろしく」
そう答えると、興味が失せたように三藤は早々と寝る体勢にはいった。
これは下手したら、今日きたオレよりも浮いてるかもしれないと、隼は厄介なターゲットを見て思った。
そしてそれと同時にごく一般の高校生に見えるこの三藤が、どうして護衛が必要なんだろうかと疑問を抱いた。
どうやら本人は全く自分の存在を知らされてないらしいと感じた隼は今後の護衛方法を考え始めた。



「あれ?三藤じゃん!家こっち方面なん?」
改札をくぐり抜けたところで隼は前を歩いていた三藤に声をかけた。
億劫そうに三藤は、首をあまり回さず目だけで振り返り、横に並んだ隼に前方を向いたまま答えた。
「・・・転校生か」
「偶然だな!オレ5丁目のアパートに住んでんだけど、三藤は?」
「3丁目」
もちろん対象の住所など、初期段階で調べ済みである。
「おっ!めっちゃ近いじゃん。したらそこまで一緒に帰ろうぜ!」
「・・・俺、一人で帰りたいんだけど・・・」
「まぁ、これも何かの縁だって。さっ、行こ!」
「・・・・・・」
どうやら隼の考えだした護衛方法とは、単純に行動を共にすることらしい。
なんにしても敵がわからない限り動けないのは事実である、



もうすぐ日付も変わるという時間になって、隼と飛鳥が住むマンションに肖が訪れた。
いつもならば隼が寝ころがってゲームをしたり、飛鳥が新聞を読んだりして寛ぐリビングで、
今回の仕事を受けて以来の会議が始まった。
「こっちは全然実りなし。学校行って、週に3〜4回コンビニの深夜バイト行ってる、ってことくらいです。
毎日寄り道しないで真っ直ぐ帰ってくるし。行動を見る限りでは普通の生徒ですね」
対象には近づかず、機器を駆使して行動パターンなどを調べていた飛鳥が、
まず口を開いた。
「あいつ深夜バイトなんてやってんのかよ。だからあんな眠そうなのかぁ。
納得、つか年齢詐称してんの?」
飛鳥がいじっているパソコンの画面を覗き込みなから隼が合いの手をはさんだ。
「じゃないの?そこまでは調べてないけど。まぁ、それは置いといて。先輩の意見きかせてくれますか?」
相変わらず壁に寄りかかっている肖は、腕を組んだまま答えた。
「・・・今回の任務は"攻める"ことではなく"守る"ことだ。対象についてではなく攻める側の、
狙う理由や、存在を知ることが重要になってくる。そこに絞って話す」
「はい」
「・・・第一に、学生である対象が狙われる可能性は今のところ三つ。
学校関係、家族関係、アルバイト関係」
パソコンから目を離し、肖を振り返って隼が口をはさんだ。
「とりあえず、オレが見たトコ学校関係じゃあないと思うけど?」
一つ小さく頷き、肖が話を続ける。
「・・・自分もそう思う。教師の目から見ても、生徒の目から見てもそう思うなら、
学校関係は除外してもいいだろう」
「ってことはコンビニか、親関連ってことですね」
「アスカ、三藤の家族関係はどうなってんの?」
飛鳥は特に資料も見ず、淀みなく答えた。
「"三藤は母親の性で、現在母親と二人暮らし。母親はスナックに勤務。
父親は離婚していて現在薬剤師として群馬県の小さな町の病院に勤めている。
祖父母については父方、母方ともに他界。その他の親族は母親に妹がいる程度である。"って感じかな」
隼はうーん・・・と考え込み、首を傾げつつも意見を述べた。
「母親の客とか・・・?それとも父親?肖はどう思う?」
四つの目が肖に向けられたが、そのどちらにも目を合わせることなく、
俯いたまま肖が口を開いた。
「・・・・・・。どちらも否定できない。が、どちらが相手としても依頼人は母親という事になる。
母子家庭で、組織に頼めるお金が用意できるとは思えない」
「そうですよね、あくまで依頼があったってことは、狙われる可能性があって尚且つ、
依頼してお金を払った人物がいるってことですもんね。トシ、三藤はどんな感じ?」
まだ姿見ぬ敵について考えている隼は斜め上を見たまま、さらりと答えた。
「別にフツーじゃねぇ?ビクビクおどおどしてる訳でもないし」
「そっか」
「待った、そうだ。関係あるかわかんないけど、アイツ結構生傷があるぞ」
「生傷?」
飛鳥が言葉をそのまま繰り返して問うた。
「うん、なんか体育の時着替えんじゃん?そん時なんかあちこち痣とかあったの見た。
まぁなんつーか、運動部に入ってるヤツならあっても不思議じゃない程度だったけどね」
飛鳥はずれ落ちてきた眼鏡を上げながら、意見を述べた。
「ふーん・・・。でもそんな程度の怪我のためにはボディガードは頼まないよな。普通」
「だよな」
確かに、と隼も頷いた。
「バイト先はどんな感じですか?」
「・・・何度か張り込んでいたことがあるが、特に変わった事はなかった」
「そうですか・・・」
「なんか結局進展なしって感じ?つか大体期間も曖昧なんだよな。
早くてあと3日で終わるんだろ?」
「長くて2カ月だろ?」
「・・・・・・長っ!」
時刻はそろそろ日付が変わろうとしている。
三人はこれ以上話してもしょうがないという結論に達し、肖は二人のマンションをあとにした。





一向に進展はないと思われていたこの仕事だったが、急激に事態が変化したのはこの2日後。
隼はくやしさに唇をかみ締め、傷の手当てを受けた。