虚無の鋼     第6話



「ただいまぁ」
制服は違えども、帰る家は同じ。
いつものようにドアをくぐると、玄関先で飛鳥がジャケットを羽織っているところだった。
「あれ、アスカどっか行くのか?」
時刻は既に深夜と言って差し支えない時間帯になっている。そんな時間から用事あるとは考えられず隼は首を傾げた。
「おまっ、携帯電源いれとけ!あーもー、とにかく急いで着替えて来い」
「え?は?わ、わかった着替えてくる!」
飛鳥に腕をとられ、あやうく靴のまま上がりこみそうになりながら
隼は靴を脱ぎ散らし部屋へ駆け込んだ。




「で?どうしたって?紫水組でも乗り込んできた?」
急いで仕度を整えた隼は仕上げにと、黒の皮手袋を嵌め隣に座る飛鳥を見た。
運転席にいる飛鳥は乗り込むやいなや車を発進させ、まだシートベルトをしていなかった隼は強かに座席に頭を打ち、舌をかんだ。
「いって!」
「逆だよ、逆」
重量感を感じさせない動きで、真っ黒のバンを操作しながら飛鳥が漸く口を開いた。
目線は特殊な機械につないであるカーナビのディスプレイと、前方のみに注がれている。
「逆?」
「三藤が紫組に乗り込むんだ」
険しい表情を見せながらも淀みなく飛鳥が発した言葉は、隼を驚愕させるには充分だった。
「はあぁあああ?なんじゃそら!!!!」
「そんなのおれが聞きたいよ」
右に左にとハンドルを切るたびにスピードと相まって、遠心力で左右に振られながら隼は懸命にディスプレイをみようとした。
「この赤い点滅が三藤なんだよな?」
「そうだよ」
「連れ去られたってことはないわけ?」
距離が離れすぎていて二分割されている画面の、
刻々と位置を変える青の矢印と、
進んでいるのか進んでいないのか点滅のせいでよくわからい赤い丸を交互に見比べる。
「たぶんないな。今は徒歩の速度だが、さっきまでは進んだり止まったりを繰り返してた。
JR沿線上で、な」
「なるほど?」
漸く車の揺れに慣れてきた隼は髪をきつく縛り直し、続けて口を開いた。
「タクシーを使わないのは、何も残さないためってか?」
「きっとね。それで先輩に連絡したら東松山にいるって言われて・・・。
とりあえず今向かってるとこだって。まぁこの時間ののぼりならバイクだし、
すんなりこれるとは思うけど、おれ達よりは後になっちゃうかな」
「東松山ぁ?って埼玉か!?肖何しにそんなトコへ・・・。
とりあえずまぁ、オレ達が解決しちゃえばいいってことか」
うんうんと一人頷いている隼を横目で捕らえ飛鳥は一つため息をつきおもわず呟いた。
「前向きだな・・・」
黄色から赤に変わった信号に気づかなかったふりをして、飛鳥はアクセルを踏み込んだ。
「なぁ、ところでさ」
「うん?」
ふと思いついたように隼がハンドルを指差す。
「ソレ。アスカって免許持ってたんだな。オレ運転してんの初めてみたわ」
飛鳥は狭い路地に沿ってハンドルを回しながら何をいまさらと言った感じで返答した。
「おれまだ17だよ?持ってるわけないじゃん。まぁ支給された偽造のならあるけどね」
「・・・・へぇ」
隼は自分のシートベルトの金具がちゃんとはまっていることをガチャガチャ音を鳴らして確かめた後、深く座席に腰掛け、飛鳥に運転に集中してもらおうと口を閉じた。




「三藤っ!!」
もう少しで紫水会の支部の建物が見えるというところで幸い、建物よりも探し人が先に視界に入った。
青い矢印と赤い丸が画面上でぴったりと重なった。
「・・・佐々原?」
反射的に名前を呼ばれて振り返った三藤は、漆黒の闇に紛れてしまいそうなバンの助手席の窓を開け、叫んだ隼の姿をとらえた。
急停止したバンから勢い良く降りた隼は、後部座席のドアをスライドさせ三藤を押し込んだ。
はたから見たらまるで誘拐犯のようである。
「うわっ!ちょっ、なにすんだよ!」
「アスカ出して!」
隼は三藤の最もな疑問に返事はせず、飛鳥に発車を促した。
「おい、降ろせって!」
「いいからちょっと黙ってろよ」
三藤は訳がわからない状況に顔を紅潮させ、横にいる隼を睨み怒鳴ったが、
それとは対照的に隼は前を向いたまま三藤に視線を合わせることなく抑揚を抑えた声のトーンで、
温度差を見せつけ、三藤を黙らせた。
学校で会う、制服を着た隼からは想像もできない対応で、三藤は一瞬肝を冷やした。
ひやりと三藤の背中に汗がつたう。
沈黙に耐えられなくなって三藤が口を開く前に車は緩やかに停止した。
「三藤、降りて」
穏やかではあるが、否を認めない雰囲気に三藤は一睨みしながらも素直に車を降りた。
降ろされた場所は、住宅街などでよくお目にかかる小さな公園だった。
日付も変わるかという時刻に人の姿は見当たらない。
昼間なら思わないだろうが、たった2つしかない外灯で照らされる木々の影や、
浮かび上がる遊具のペンキの色は不気味以外のなにものでもない。
「で?」
黒目だけを動かして周りを観察していた三藤は、
唐突に静寂をやぶった隼の声に反応して、咄嗟に厚手のパーカーのポケットを右手で押さえた。
「んだよ」
三藤はばつが悪くて下から睨み返すが、自分1人がベンチに座らされた状況は精神的に威圧され、
最後は視線をそらしてしまった。
「そのポケットにはいってるブツ持って紫水会乗り込んで、どうするつもりだったかって聞いてんだよ」
三藤から少し離れて立っている飛鳥の無表情は辛うじて見えるが、
目の前に立つ隼の姿は外灯に照らされ輪郭だけが浮かび上がり、表情は伺えない。
何故隼が、自分がこれから何をしに何処に行こうとしていたかを知っていたか判らなかったが、
三藤はそれを問いただすよりも先に非難されていることを感じとり、自分を正当化しようとした。
「そんなのお前に関係ねぇだろ、うぜぇ」
「お前死ぬつもりだったのかよ!!」
胸倉を掴まれ無理やり立たされ、漸く外灯の光がわずかだが隼の顔を捉えた。
あまりの剣幕に一瞬言葉につまったが、何とか応戦しようと口を開く前に、
「・・・・・無事で良かった・・・」
ぐっとそのまま抱きしめられ、生きてて良かったという隼の小さな言葉が聞こえた。
パーカーのポケットから小振りのサバイバルナイフが、外灯の光を受けながら落ちた。